若年層にとっての仏事&法事

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以前、お参りさせて頂いた法事の席の場での事であります。

お経や法話の最中に幼児は正直だから退屈そうに
「ねぇ、お母さんまだ?まだ終わらないの?」
と言う声も聴きました。

また、食事の席で酒盛りの際には飲酒できない未成年の中学生高校生はソフトドリンクであるジュースは飲みつつも、大人の仕事の事や親せき関係が身内の自慢話等で退屈そうにしてスマホやゲーム機を取り出して時間つぶしをしている。

昭和の貧しい時代には唯一贅沢な食事ができるのが仏事の席の場であったが、物が豊かな現代の時代にはそぐわないのだから、現代スタイルの仏事を模索しなければならないのが現実問題なのである。

子供向けのオードブルを出したとしても、殆ど手を付けずファーストフード等を食べに行きたいと言われて喜ばれないのは当然の事なのである。

そこで昭和を経験した年上は

今の時代の人間は恵まれている!等と説教するのはいかがなものか?

今の時代に生きている人達の苦しみの味わいは昔とは異なっているのだ。
それはどんな時代であろうと生きる事は即ち苦しみであるのだから、当然のことである。

このような現状からして若年層にとって仏事とは煩わしいとしか思われてないのだから、仏事の在り方をこれまでのやり方では通用しないのは当然の事であるのだ。

子供にとっては休日は貴重な時間であるのだから、
仏事=つまらない事
に思われては仏事から離れていくのは当然である。

それこそ、仏事を若い方と幼い方が体験する事で嫌な苦い思い出として残ると必要性が感じなくなるのも当然である。
未来にお寺を残すのであるならば、その取り組みこそが大切な事柄であり常に模索しなければならない事柄で正直、若年層の方達が煩わしそうにしている姿を見ることがこの仕事の中で辛い事柄であります。

これからの未来に生きる方々には仏事はどのようにして捉えられていくのでしょうか?
先行きの見えない未来には不安は付き物であります。
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